日本人は「自己不全感」に陥りやすいのではないか、と専門家は指摘する。子どものころから、つねに親や周囲に監視・監督される「まなざしの監獄」にいるためだというのである。その一例として、ニュージーランドと日本で、公園で子どもを遊ばせている母親を観察した調査結果について話してくれた。「ニュージーランドの母親は子どもが何か言ってくるまで、何にもしないし、言わない。ケンカしていようが、どんな遊びをしていようが放っておくんです。ところが、日本の母親は子どもの行動に逐一目を光らせて、何かあれば、子どもが言ってくる前に飛び出していく」このように、いつも見られ、評価されている子どもたちは、大人の視線をシャットアウトして、子どもだけののびのびとした世界を築きにくい。「いい子」「できる子」になりたいという、子どもらしい、けなげな気持ちも、親の顔色をうかがい、親を喜ばすため、という外的動機に支配されがちだ。だが、母親だって必死なのだ。何も親の見栄や自己満足だけで「よくできる子ども」にしたいのではけっしてない。できない子どもよりも、できる子どものほうが、子ども自身にとってもずっといいだろうと、親なら当然感じる義務感や善意から子どものおしりをたたいているのである。それなのになぜ、その必死の努力がときに空回りしたり、子どもにとって「毒」になってしまうのだろうか。
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