腰にくるスローだけど重く扇情的なビートを持ち、旋律から解放されたしゃべり拍でしゃべりたいだけしゃべりつけ、メロディが欲しければどこかから好き勝手にサンプリングしてきてバックにつける。これが、アメリカの黒人居住区のストリートで起こり、80年代に世界を席巻した「ヒップホップ」と呼ばれる音楽のありようです。歌わないその1つを「ラップ」と言うわけですが、これを訳すとしたら「まくり」でしょうか。「しゃべりまくる」「強がりまくる」の「まくり」です。
(参考サイトのご紹介)
JAM Project 着うたフル(R)&着うた(R)無料検索
http://pc.dwango.jp/index.php/m/portal/a/artist/artist_id/205
コブクロ 着うたフル(R)&着うた(R)無料検索
http://pc.dwango.jp/index.php/m/portal/a/artist/artist_id/595
KinKi Kids 着うたフル(R)&着うた(R)無料検索
http://pc.dwango.jp/index.php/m/portal/a/artist/artist_id/242
都々逸系の日本語の詞文に、ラップの登場は特別の意味を持ったと言えるでしょう。4音1拍のあの韻律をそのままぶつけることが、笑っちゃうことではなく、カッコイイことに突如すり変わったのです。むかし、たぶん70年前後だと思いますが、「サンスター・フッソ」という歯磨きのテレビCMに、何人もが声をそろえて歌うのがありました。記憶で書いているので、不正確かもしれませんが「歯のおくそこまでふみこんではをかたーく強くする、フッソオ、フッソ、フッソフッソー」。あれを、まばらで粗暴な太鼓と、「キュキュ、キュキュキュッ」と歯ブラシによるスクラッチなどきかせてやれば(笑)、これは立派にヒップホップというのは冗談としても、歌謡曲=J‐POPの進化に、ラップの刺激は重要な作用を果たしたにちがいありません。私たちが求めてきた「身体的なメッセージ。ノリを内包した、直接的(パーソナル)な伝達行為」であるところの日本語のうたを、そもそも日本語が抱え持っている韻律を裏切らずにやる可能性が、ヒップホップ感覚の広まりによって大きく開けてきたわけです。